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長野久義選手(広島)と下平さやかさんとの間に子供は誕生したのか?意思の強い性格!

広島東洋カープで活躍されている長野久義選手。嫁の下平さやかさんとの間に子供が誕生したのか、また長野久義選手の性格について気になっている方が多いようです。
今回は、長野久義選手と嫁の下平さやかさんとの間に子供が誕生したのか、また長野久義選手の性格についてまとめました。

長野久義選手(広島)と嫁の下平さやかさんとの馴れ初めは?フライデーされてた?


長野久義選手とテレビ朝日アナウンサーの下平さやかさんは、2015年3月29日に結婚を発表されています。お二人の交際が発覚したのは2009年に遡ります。出会いのきっかけは共通の知人の結婚式でのことでした。

交際がスタートしたとされているのは2009年1月となっていますが、交際が公に広まったのはなんと週刊誌「フライデー」だったのです。都内の高級ホテル地下駐車場で目撃され、社内での熱い接吻写真が週刊誌に掲載されたことがきっかけとなってしまったのです。

週刊誌によると、何度も熱い接吻を交わしていたのだとか…。長野久義選手は読売ジャイアンツ入団前、下平さやかさんアナはミュージックステーションややじうまプラスなどで知名度の高いアナウンサーでした。

しかも長野久義選手は1984年生まれ、下平さやかさんは1973年生まれなので、その年の差は12歳差になります。この報道に世間はとても驚いたことでしょう。

お互い“モテる男”“モテる女”という異名を持つカップルで、当時長野久義選手は会員制のホステスに通っている、下平さやかさんは噂される元カレが大物ばかりで一部からは魔性と言われているという噂もありましたが、関係者の話によると長野久義選手はお酒の飲み方がスマートで、女性をお持ち帰りしたことは一切ないと言われるとても紳士な方なようです。

一方下平さやかさんは、自分自身に厳しく仕事にも一生懸命に取り組み、誰にでも分け隔てなく接する方だとスタッフの中では好評なのだそうです。

そんなお二人が出会い、その後順調に交際を続けていきます。途中長野久義選手の方にタレントの磯山さやかさんとの“さやか違いデート報道”が流れますが、こちらは交際を否定。

さらには繁華街での夜遊びという報道もあり破局がささやかれましたが、下平さやかさんは全く動じず、ご実家で生活していた長野久義選手の家に泊まりに行くという、破局報道を一蹴りする行動もキャッチされています。

お二人を良く知る関係者も、お互いの信頼関係の厚さから破局は考えられないとコメントしていたほどだったようです。そんな信頼関係の厚さは、長い交際期間の中で徐々に育まれていきます。

2008年に長野久義選手が怪我による手術をしたあとに結婚の発表となりました。長野久義選手の結婚発表について「(下平さやかさんに)苦しい期間を支えてもらった」とコメントしていることから、約5年の交際期間でお二人の信頼関係の厚さを垣間見ることができますよね。

交際発覚も報道から始まってしまい、その後も破局説や長野久義選手の夜遊びなど報道されがちな注目カップルでしたが、報道を物ともせずに良好な関係を築いていったのですね。とても絆の強いお二人です。

長野久義選手(広島)嫁の下平さやかとの間に子供はいる?

そんなお二人ですが、現在お子様の情報も妊娠されているという情報もありません。
結婚当初は12歳という歳の差の結婚で、当時下平さやかさんは42歳というご年齢でしたので、お子様を授かるのはすぐなのではないかと言われていました。

しかし現在その情報もないので、ご予定はない可能性が高いのではないでしょうか。というのも女性は35歳を超えての初産となると“高齢出産”といわれ、母体や胎児へかかる負担のリスクが高くなると言われています。

その負担リスクと、お互い現役バリバリでプロ野球選手・アナウンサーのお仕事で活躍されていることを考慮すると、そのようなご予定はないのではとも考えられます。


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長野久義選手(広島)が嫁の下平さやかとの子供の質問されキレた?


現在お二人の間にはお子様はいないという情報ですが、とあるインタビュー中での出来事が長野久義選手の人の好さが垣間見られることとなりました。

グラウンド外でのインタビュー中のこと、長野久義選手にインタビューをしていた当時アラフォーの女性記者ですが、こちらの女性記者はご結婚されてからなかなか子宝に恵まれなかったのだそうです。

その事実を知る、その場にいた仲の良い男性先輩記者が女性記者に対し、「子作り頑張ってる?」などと気軽に質問をしたのだそうです。その発言に対しすかさず長野久義選手は「それは冗談でも言っちゃいけない。デリカシーがありませんね。」と声を荒げて激怒したのだそうです。

それはごもっとも、長野久義選手の言う通りですよね!しかしインタビュー中での出来事というのもあり、発言相手は先輩ということもあり、その一言を発するのはなかなか勇気のいることだと思います。

しかしそんなことは関係なく、軽い発言をした男性記者に対し一喝した長野久義選手はとても正義が強く優しい方なのだと思います。憶測になりますが、長野久義選手ご夫婦にとって“お子様を授かる”ことに関してはお二人でよく話し合っていらっしゃることだと思います。

心無い発言をする方に対し非常に敏感であり、女性に対してのそのような発言は長野久義選手にとってどうしても許せないことだったのでしょう。そのような長野選手の一面にも、奥様である下平さやかさんは惹かれているのでしょうね。

長野久義選手(広島)と嫁の下平さやかに離婚の噂が浮上?

そんなお二人に、なんと離婚の噂が浮上しています。噂のきっかけは、2019年に長野久義選手が読売ジャイアンツから広島東洋カープへの電撃移籍したことです。入団当初から読売ジャイアンツ一筋で頑張ってきた長野久義選手は、これを機に広島へと拠点を移すことになります。

そこで奥様の下平さやかさんに立ちはだかる選択肢は、長野久義選手と一緒に広島に移住をするか、東京に残り別居となるかのどちらかになります。お互いプロ野球選手、アナウンサーとしての職業を続けており、尚且つ長野久義選手の合コンなどの夜遊び報道も乗っかってきてしまうと、離婚の噂が浮上してしまうのも無理はないでしょう…。

ちなみに最近の合コン報道というのは、当時怪我のために選手登録を抹消されている最中、読売ジャイアンツの片岡コーチ(タレントのベッキーさんの旦那様)と高級レストランにて美人女性たちとの合コンが開催されているのを、またもや週刊誌にキャッチされてしまったというものです。(ちなみにその報道を知った奥様の下平さやかさんは長野久義選手に激怒して、長野久義選手が謝ったことでほとぼりは冷めたようです…)

しかしあるテレビ番組で下平さやかさんは長野久義選手の電撃移籍後にこう語ります。「私が引越しをしたとしても彼は日本中を飛び回ることになるので、どういう生活になるのかさっぱりわからないんです」。

いい意味でお互いを干渉しあわない夫婦だと公私ともに語っているので、今後の生活は(下平さやかさんの)好きにしてくださいという感じのようです。しかしこれは夫婦仲が冷めているのではなく、夫婦仲が良いから語られる発言なのだと思います。

ここでもまた夫婦の信頼関係の厚さがわかりますよね。そして年上の奥様である下平さやかさんの包容力も垣間見えますね。関係者や友人の方々が語る夫婦仲の良さから、離婚することは考えにくいと思われます。

そして最新の情報によると、現在は東京と広島を行き来する半分移住生活を送っていると明かしています。「半分移住生活となりますが、広島にしっかりとした生活基盤を作り、長野選手が野球に専念できる環境づくりの手伝いをしたい」と語っているので、離婚の心配はなさそうですね。


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長野久義選手(広島)はどんな性格?


調べてみますと、長野久義選手の性格は、とても良い意味で個性が強い性格だといえることがわかりました。

まず長野久義選手は、ご自身のことを“潔癖症”だと語ります。例えばみんなで鍋を囲んで食事をする際、誰かの箸でつついた鍋には手を付けたくないのだそうです。仮に誰かがその箸で鍋をつつこうものなら手を叩いてしまうほどだとか。

確かにお鍋などに関しては、気にする方も世間にはいますよね。そしてお鍋繋がりでさらにマイルールがあるのだそうですが、それは“ご飯を何かと混ぜることが嫌い”なのだそうです。もともとご飯と混ぜて食べるものなら許容範囲内なのだそうですが、カレーはご飯と混ぜて食べるのはNGだそうです。何だかちょっとかわいらしい気もしますね(笑)

そして、助っ人外国人選手からの厚い信頼も得ているそうです。それは長野久義選手が英語を話せることで、積極的に外国人選手に対してコミュニケーションを取っているからだそうです。

日本人選手でも新しい環境に慣れることは大変だと思いますが、助っ人外国人となれば、文化や言語の違いもあるのでもっと大変な思いをされるものだと思います。その不安を汲み取って、長野久義選手は早くチームに溶け込めるよう、食事に誘ったり積極的に話しかけたりするのだそうです。

良好な対人関係を築くのが上手な長野久義選手ですが、人目に立って目立つことが嫌いという一面もあるようです。選手からの信頼の厚さが評価されて選手会長をずっと推薦されていたそうなのですが、人前に立って喋ることが苦手で緊張してしまうということから、ずっと断り続けていたのだそうです。

しかし憧れであった高橋由伸選手が現役を引退し読売ジャイアンツの監督になったことをきっかけに、「必ず優勝して監督になってよかったと思ってもらえるように」という強い気持ちから断り続けていた選手会長を引き受けました。そういう一面を見ると、とても男らしく責任感が強い性格だということもよくわかりますよね。

しかし長野久義選手の性格がわかる一番有名なエピソードがありますよね!

長野久義選手(広島)はドラフトを断りまくってた?

それは2006年のことです。当時大学4年生だった長野久義選手は北海道日本ハムファイターズからドラフトを4位で指名されました。しかし、それを断ったのです。断った長野久義選手は卒業後に本田技研工業に入社し、社会人リーグで野球を続けます。

そして2年後の2008年、今度は千葉ロッテマリーンズがドラフト2位で長野久義選手を指名します。しかし、それも断ります。当時監督だったボビー・バレンタイン監督の面会も断ったのだそうです。千葉ロッテ側は好条件での交渉を試みましたが、それでも面会・入団を拒否したのだそうです。

将来プロ野球選手になりたいという夢は高校、大学、さらには社会人でも野球を続ける方はほとんどの方がそういった夢を抱くでしょう。そしてほとんどの選手がプロ野球選手になる夢を叶えるために、ドラフト指名されたプロ球団に入団するものです。しかしプロ野球選手になりたい夢を持ちながら、そのチャンスを2回も断った長野久義選手には理由がありました。それは「読売ジャイアンツに入団したい」という強い意志だったのです。

そして初めてドラフト指名を受けた年から3年後の2009年、読売ジャイアンツからドラフト1位指名を受け、念願であった読売巨人軍への入団の夢を叶えました。読売ジャイアンツでプロ野球選手としてプレーをするという強い意志と、その我慢強さには脱帽ですね。

もし読売ジャイアンツがドラフト指名をしなければ、もしかしたらプロ野球選手になることがなかったのかもしれませんよね。ここまで意志の強い選手は、プロ野球界にはなかなかいないのではないでしょうか。本人も「何度でもチャレンジする男が一人くらいいてもいいじゃないですか」と語っていました。かっこいいですね!

長野久義選手(広島)のプロフィール


氏名:長野久義(ちょうのひさかず)
生年月日:1984年12月6日
出身:佐賀県三養基郡基山町
身長:180cm
体重:85kg
ポジション:外野手

野球を始めたのは、小学1年生の時。地元の「基山バッファローズ」にて軟式野球を始めたことがきっかけでした。中学に入学後は、中学校の部活に入部せず「筑紫野ドリームズ」で硬式野球に転換し野球を続けます。当時身体が小さかった長野久義選手は、監督からセンスがないと言われてしまったそうです。

それでも長野久義選手はひるまずひたむきに練習を続け、さらに練習後には自主練や掃除をしてから帰るなど、常に野球で活躍する夢を抱きながらレギュラーの座を獲得しました。レギュラーに抜擢されたのはひたむきな練習成果もありますが、当時の長野久義選手のキャラクターもきっかけになっていたそうです。

その当時は今とは違いムードメーカーだったのだそうですよ!そのキャラクターがチームの勝利へ導いたこともあったそうです。レギュラー獲得に至ったのは「野球は下手だが何かを持っている」という監督の鋭い視点があったからなのでしょう。

高校は筑陽学園高校へ入学し野球部に入部するも、2年生まではベンチ入りも果たせず応援席で応援をしていたそうです。しかしこのときもひたむきな努力を怠らず、3年生の秋にレギュラーになります。

残念ながら甲子園出場は果たせませんでしたが、3年生の時に九州大会ベスト4に貢献し、その後は日本大学へと進学し野球を続けることとなります。

そして一度日本ハムよりドラフト指名を受けますが、これを拒否。そして卒業後に本田技研工業に入社し社会人野球を続けその際も千葉ロッテからのドラフト指名を受けますが、これまた拒否をし、翌年待望の読売ジャイアンツからのドラフト指名を受けプロ野球界入りを果たしました。

大学生時代からどこよりも早く活躍と成長を見守っていたのが読売巨人軍だったそうです。そんな巨人軍に恩返しをしたいという思いから、批判を覚悟でドラフト指名を断り続けていたのだそうです。やはり意志の強さと人情に厚い選手ですね!


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下平さやかさんのプロフィール


氏名:下平さやか(しもひらさやか)
生年月日:1973年2月12日
出身:東京都新宿区
身長:164cm

東京都新宿区で誕生した下平さやかさんは、私立カリタス女子高校入学し中学生から続けてきたソフトボール部に入学します。高校卒業後、早稲田大学法学部に入学します。入学してからは学生生活を謳歌し、アルバイトをはじめ遊びや旅行に夢中になっており授業にはほとんど出席していなかったのだそうです。

大学在学中には長身を活かしたモデル業もしており、篠山紀信の表紙モデルシリーズで雑誌の表紙を飾った経験もあります。

そして1995年の卒業後に朝日テレビに入社しアナウンサーになりました。お父様はフジテレビ社員、お母様はフジテレビアナウンサーとして活躍されていたので、アナウンサーを目指したきっかけはお父様とお母様の影響が強かったと言います。

入社後はやじうま6のお天気コーナーや、ミュージックステーションのアシスタント、さらにやじうまプラスのメインアナウンサーとして活躍し知名度を上げていきます。その後はサンデースクランブルのMCを務め、サンデースクランブルのMC卒業後には報道部のニュースアナウンサーとして活躍しています。

過去には元SMAPの中居正広さん、お笑い芸人の内村光良さんなど大物芸能人との交際経験があります。

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まとめ

何かと注目を集めているご夫婦ですが、関係者や友人の証言によるお互いの信頼関係の厚さがよくわかります。長野久義選手は他選手から“長さん”と親しまれ、厚い信頼を得ながらも、一方では夜遊びが週刊誌に目撃されてしまうなど、夫婦関係の溝が生まれるような報道があるときも…。

ですが奥様である下平さやかさんの心の広さや、なんといっても旦那様である長野久義選手を信頼しているからこそ、こういった報道があっても、はたまた移籍による環境変化で心配される夫婦関係も、ずっと良好な関係を保ち続けることができるのでしょう。

長野久義選手もそんな報道をされてしまいながら、実はとても紳士的で奥様一筋という強い意志もお持ちでしょうから、おそらく夜遊びといっても、わきまえながらお酒の場を楽しんでいるだけなのかなと思います。良い意味でお互いを干渉しあわないのは、夫婦の鏡でもあると思います。

ずっとお世話になってきた読売ジャイアンツから広島東洋カープへの移籍となりましたが、奥様の下平さやかさんの献身的な支えと、意志と我慢の強さで今後も活躍を続けてほしいですね!以上、長野久義選手と下平さやかさんのまとめでした。