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秋山翔吾(西武)嫁の鈴木彩香の正体は?子供と馴れ初めまとめ!

プロ野球で活躍されている秋山翔吾選手。秋山翔吾選手の子供や嫁の鈴木彩香さんについて気になっている方がいるようです。今回は、秋山翔吾選手のの子供や嫁の鈴木彩香さんについてまとめました。

秋山翔吾選手(西武)嫁の鈴木彩香ってどんな人?嫁との馴れ初めは?

秋山翔吾選手のお嫁さんは鈴木彩香さんというお名前が公表されており、2013年に結婚会見も行っています。鈴木彩香さんは一般の方で、元々小学生からの幼馴染だったようです。なんと小学校から高校までずっと同じ学校に通っていたそうです。そんなお二人が交際をスタートさせたのは高校3年生のときでした。告白をしたのは秋山翔吾選手からだったのだそうです。この交際スタートがきっかけで、結婚までに至るのです。その期間は約7年間にもなります。もちろんその約7年間の間にも様々な環境の変化がありました。

秋山翔吾選手は高校を卒業後に地元である神奈川県を出て、青森県にある八戸大学に進学しました。当時彼女だった鈴木彩香さんは地元の短大に進学しているので(ちなみにご結婚される前までは保育士さんだったという情報があります)、遠距離恋愛になってしまいました。遠距離恋愛だったのでよく電話をする機会があったようですが、一人暮らしで生活のために節約もしていかなければならず、携帯電話を彼女である鈴木彩香さんと同じ機種にし、料金プランも併せていたようです。

当然秋山翔吾選手は大学で学業と野球に勤しんでいたので、地元に帰れるのは正月くらいだったようで、お二人はそのタイミングで会うか、春と秋の大会で会えるかという状態だったのだそうです。そんなお二人は約7年間の交際期間を経て、2013年12月に結婚に至りました。「彼女は地元の大学にも通っているし、遠距離恋愛に耐えられなくなってフラれてしまっても仕方ない」と、秋山翔吾選手は当時の遠距離恋愛に対し不安な気持ちを抱いていたようでしたが、秋山翔吾選手の相手を思いやる気持ちや、お嫁さんになった鈴木彩香さんの寛大さが長続きする秘訣だったのかもしれませんね。

ちなみに秋山翔吾選手はお嫁さんの鈴木彩香さんに対し「意見をはっきり言う、意志の強い女性」だと語っています。何に対してもお嫁さんの意見を参考にすることが多いそうですよ。ても心温まるドラマのようなエピソードですよね。

秋山翔吾選手(西武)嫁の鈴木彩香に子供はいる?

そんな秋山翔吾選手とお嫁さんの鈴木彩香さんの間にはお二人のお子さんがいらっしゃるようです。一人目は2014年、二人目は2016年に誕生されています。二人とも男の子だそうで、上の子は幼稚園に通っているとの情報があります。お子さんのお名前や写真などは公開されていませんが、かっこいいパパ・美人なママから生まれたお子さんはきっと可愛らしいことでしょう。

ちなみに秋山翔吾選手は自身の子どもに対し、「子どもが好きなことをやってほしい」という思いがあるそうで、特に野球をやってほしいという願望はないとのことです。とはいえお子さんは二人とも男の子とのことなので、きっと一緒にキャッチボールをして遊んでいたり、パパの活躍を見てパパに憧れて「野球をやりたい!」と言ってくれたら嬉しいでしょうね!


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秋山翔吾選手(西武)が子供の時に人生の転機があった?中学時代の部活が以外?

秋山翔吾選手が野球を始めたのは、なんと2歳の時なんだそうです。そのときから野球に対する思いが人一倍強かった少年だったわけですが、幼稚園の卒業文集では「やきゅうせんしゅになりたいです。いちろうみたいにひっとうちたいです」と、イチロー選手を目標に掲げているほど野球に対しての意識が高い少年でした。

当時は子供らしく昆虫にも詳しく“昆虫博士”という夢もあったようですが、地元の横須賀市立大津小学校に入学した時からプロ野球選手を目指すという、野球に対しての意識はとても強くなっていきます。小学校を卒業後は地元の大津中学校に入学しますが、部活動はなんと陸上部に入部します。しかしこれも野球のためであり、足腰を鍛えるためだといいます。野球の方はクラブチームに入団をしました。

中学で陸上部に入部しプライベートで野球チームに入団をするという中学生からハードな生活を送っていたようですが、実は秋山翔吾選手が小学4年生の時に、お父様が知り合いの中学校の陸上部顧問の先生に「息子を鍛えてくれ」とお願いをして中学生の陸上の練習に参加させてもらっていたというエピソードがあります。走り負けるととても悔しがる様子を見せていたようなので、当時からとても負けず嫌いであり、夢を真剣に追いかけていたのでしょうね。

そんなお父様ですが、お父様にも高校生時代に「息子を野球選手にしたい」という夢があったのだそうです。息子である秋山翔吾選手が生まれて一人で歩くことができるようになった2歳くらいから、野球に触れさせて一緒に練習をしていたのでしょう。右打ちだった秋山翔吾選手を左打ちに変えたのもお父様がご指導なさったそうです。野球に触れ、プロ野球選手を目指すようになった息子のためにずっと一緒に練習に付き合ってきたお父様でしたが、“胃がん”という病魔が襲い、入退院を繰り返すようになっていましました。

それでも熱心に秋山翔吾選手の練習に付き合い続けていましたが、秋山翔吾選手が12歳のときに帰らぬ人となってしまいました。「プロ野球選手になる」という、秋山翔吾選手の夢でありお父様との約束はさらに目指す気持ちが強くなり、毎日の練習も素振りも誰かが止めに入るまで続けていたんだそうです。高校生でも当然野球を続け甲子園を目指しましたが、惜しくも出場を逃しています。その際もお父様に対する言葉が見当たらないと悔しさを滲ませるほど、お父様との約束は秋山翔吾選手にとってかげがえのないものなのでしょう。

子供ながらに野球に対する思い、お父様との約束を果たすこと、女手一つで秋山翔吾選手を含む3人のお子さんを育ててくれたお母様に対する感謝の気持ちを強く持ち、“野球”でその気持ちを表している秋山翔吾選手。本当に素晴らしく男らしく、かっこいい野球選手ですね。

秋山翔吾選手(西武)が性格悪いと噂されている理由は?

ここまで秋山翔吾選手の恋愛エピソードや家族エピソードを紹介してきましたが、そんな秋山翔吾選手の性格が悪いという噂が出回っているようです。どうしてそのような噂になってしまっているのか調べてみましたが、どうやらTBSのジョブチューンという番組に秋山翔吾選手が出演した際の発言が噂の発端になっているようです。

当時番組で共演していた女優の木村佳乃さんが始球式に参加したことがある過去を話したことをきっかけに「選手の皆さんは、芸能人が始球式で投げるのはどう思われますか?」と質問したことに対し「正直、普通にやってほしいです。」続けて「一番バッターで集中して入っているときに、首を振ってけん制したり。こっちの駆け引きやってる場合じゃないんで」と、芸能人の始球式のジョークやクダりの長さに対して真剣に不満をぶつけるコメントをしていたようです。

その表情が険しかったため、共演者からは怖いと言われてしまったことが事の発端となってしまったようです。コメントの前には「綺麗な方が投げてくださるのはありがたいんですけど…」というコメントを入れていますが、ご紹介した通り秋山翔吾選手は野球に対する思いは人一倍深く強いので、一試合一試合に闘志を燃やしているのだと思います。

チームメイトや関係者・ファンが口を揃えて“とにかく真面目な好青年”というくらいなので、真面目な本音がポロリと零れてしまったのでしょうね。秋山翔吾選手の野球に対する思いを知らない視聴者から、そのように思われてしまったのでしょう。


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秋山翔吾選手(西武)がウナギイヌと似ている?言われるようになった理由は?

そもそもウナギイヌというのは、赤塚不二夫作の「天才バカボン」に出てくるキャラクターです。その名の通り、父はウナギ・母はイヌという俗にいうハーフです。なぜウナギイヌに似ていると言われるようになったのかというと、これもまたTBSの「ジョブチューン」に出演した際、共演していた西武森君に暴露されてしまったことがきっかけです。そこで番組MCのネプチューンにイジられたことが理由です。

暴露されてしまったとのことなので過去に似ていると言われたことがあるということですが、最初に言われたのは大学のときの監督からだったようです。プロに入団してからは言われることがなくなり安堵していたところでしたが、1年目のキャンプの際、平尾博嗣選手から似ていると言われさすがに諦めがついたようです(笑)その後は読売ジャイアンツの森福允彦選手からも言われたそうなので、誰が見ても似ていると思ったのでしょうね。

言われてみれば確かに、似ている気がします…ちなみに秋山翔吾選手の“ピースウナギTシャツ”なるものが限定販売されたことがあります。“秋山ウナギ”のイラストと共に英文で「ヒットを打ったときだけウナギコールをお願いします」と印字されているそうです(笑)限定グッズが販売されているあたり、ご本人の諦めがついているということですね…!

秋山翔吾選手(西武)のプロフィール

  • 氏名:秋山翔吾(あきやましょうご)
  • 生年月日:1988年4月16日
  • 出身:神奈川県横須賀市
  • 身長:184cm
  • 体重:85kg
  • ポジション:外野手(中堅手)

幼少期から野球を始め、小学校時代は1年生から「大津スネークス」というソフトボールチームに入団したのち、5年生からは「湘南武山フェニックス」という軟式野球チームに転入し全てのポジションを経験するなど、野球の腕をさらに磨いていきます。中学校入学後は足腰強化のため陸上部に入部し、地元の野球チームである「横浜金沢シニア」に入団しシニアリーグで活躍します。高校は横浜創学館高校に進学し野球部に入部します。

1年生から公式戦に出場する活躍を見せますが、3年間で甲子園への出場を果たすことができず青森県の八戸大学に進学します。1年生で2シーズン連続ベストナインを獲得する活躍を見せ、大学の4年間でエースの存在に君臨します。高校生のころから球団からの注目があったようですが、大学卒業と同時の2010年ドラフト会議にて西武ライオンズから3位の指名を受け、西武ライオンズに入団します。

プロ1年目にしてスタメン出場、レギュラーを獲得してからはセンターポジションで全試合出場し、日本プロ野球シーズン最多安打記録216本を保持しています。打線だけではなく守備走塁能力にも長けている、チームにはなくてはならない選手で、侍ジャパンでは1番バッターとして、チームの切り込み隊長とも称される秋山翔吾選手です。

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まとめ

幼い頃に野球を始めるきっかけであったお父様を病気で亡くされていますが、女手一つで育ててくれたお母様に感謝の気持ちを野球で返すため「ひとり親の支援活動」を主催し、ひとり親家庭である親子120名を主催試合に招待したりと、ご両親に対する感謝の気持ちを野球で返そうという秋山翔吾選手らしい一面もありました。

プロ入りが決まった時も、お母様と妹さんが泣いて喜んでいた場面も中継されています。何よりも天国にいるお父様は嬉しかったに違いありません。野球一筋な気持ちの中でも、野球を教えてくれたお父様、育ててくれたお母様、そしてそばで支えてくれたお嫁さんと二人の息子さん、野球愛と家族愛に満ち溢れている秋山翔吾選手です。

そんな愛に満ち溢れ夢を追い続ける秋山翔吾選手は、様々な好成績を残し西武ライオンズの選手としても日本の代表選手としても大いに活躍をしてくれていますよね。今後の秋山翔吾選手の活躍に期待し、応援していきたいと思います!以上、秋山翔吾選手のまとめでした。